東京いずみ幼稚園同窓会
 
今輝いている卒業生にインタビュー 

第8回 山本裕道君

 
いずみでの一年は人生のお守り
東京大学教養学部文科二類に在学中の山本裕道さん。年長からの転入で、わずか一年の園生活ではありましたが、いずみでの様々な体験が心の支え、自信になったそう。東大進学もこの自信が支えとなり、いつかこの思いを報告したいと、14年振りに昨年突然訪問してくれました。令和5年12月の学園便りで紹介した“青年男子”こと山本さんに、今回改めてインタビューをさせていただきました。
 
年長からのいずみ入園でカルチャーショック!?
― 三重県から引っ越して来て、いずみ幼稚園に年長から入園しましたが、覚えていますか?
山本裕道( 以下、裕道)
裕道
 はい、父の仕事の関係で三重県から一年だけ東京に来る事になり、いずみ幼稚園に年長から入園しました。三重県で通っていた園は制服も無く、決まった活動も特に無かったので、入園して全く違う事に驚いた記憶があります。正直、最初は全く馴染むことができませんでした( 笑) 普段の活動にもついていけず、別の幼稚園に行きたいと親に懇願したのを覚えています。特に苦手だったのは、アイマスクを着けての音の高さを当てる活動です。他の子達ができている中で自分だけが中々できるようにならずに苦戦しました。
― 幼稚園が楽しくなったきっかけはありましたか?
裕道  お泊り保育を機に友達と一気に仲良くなって楽しくなりました。友達ができて、普段の活動にある程度慣れてからは、幼稚園にいたいと思えるようになりました。行事は楽しかったですね。強く印象に残っているのは、MS定期演奏会でドヴォルザークの『新世界より』を合奏した事や、お遊戯会の『ライオンキング』の劇です。練習も中々ハードで、立ち回りなどを覚えるのに時間がかかった記憶があります。年長から混じった自分が最終的に馴染むことができたのは、担任だった若狭先生や周りの友達が、自分を寛容に受け入れてくれたからだと思っています。活動内容は厳しいけど周りの人は温かい、というのが当時の印象でした。
 
ゲームの代わりに得られた貴重な時間
― 卒業後は三重県の小学校に進学しましたね。ご家庭の方針はありましたか?
裕道
 母が勉強に関してはすごく厳しくて、4年生から塾に入りましたが、その前から家で2学年、3学年上の教材を使い勉強をしていました。嫌がっていた記憶もあるのですが、僕が甘え過ぎず、かといって厳しくし過ぎて燃え尽きないラインをずっと母はキープしてくれたのかなと思います。母の方針でゲームも絶対に買ってもらえず、家にはありませんでした。ただ、そこでゲームを与えられていたら、多分小学生の段階でそこまで自分でコントロールできないし、のめり込んでいたと思います。結果としてですが、ゲームで時間を消耗しなかったのはありがたいと思っています。振り返ってみると、与えられた課題を楽しんでいる部分はあるかもしれませんね。
―“ゲームを与えない”そして“楽しみながら覚える”これは、いずみ幼稚園の方針をお母様が続けて実践されていたのかもしれませんね。ご家族の事を教えてもらえますか?
裕道  父は現在三重県の特別支援学校に勤務しています。ウェルビーイングに興味があり、3年程前には三重大の大学院で勉強するなど、教育以外にも活動を行っています。今でも帰省した際は、話し始めると熱意がありすぎて2時間くらい止まらないんですよ( 笑) 母は残念ながら僕が10歳の時に病気で他界し、そこから8歳下の弟と自分を一人で育ててくれました。本当に感謝しています。
幼稚園の学びがもたらした影響
― 中学受験をして、西の名門進学校である西大和学園中学校に進学されたのですね。
裕道  はい、奈良県の西大和学園中学校に進学し、学校の寮に入りました。志望理由は、自分の成績がちょうどぎりぎりいけそうだったというのと、色々新しいことをやっているのが好印象で。
― 幼稚園で百人一首や論語の言葉を学んだことは、後々役立ちましたか?
裕道  漢字はだいぶ余裕をもってできました。中学生の時に百人一首大会があって、その時は比較的簡単に覚えやすかったですね。そこはかなり幼稚園の経験が役立っていると思います。古典は和歌の解釈をする時に、「こんなに深い意味があったんだ」とか、「こういう状況で詠まれたんだ」と背景を後から理解することができていると感じます。
― という事は、中学校の成績は良かったのでは?
裕道  ところが、初っ端で挫折しました。周りが優秀過ぎて学年の成績が物凄く下の方になってしまって。自分としては余裕だと思っていたのですが、数学は学年で下から2番目とか…。これはかなり厳しいなってなりました。中学2年生の時の担任の先生がとても厳しい先生だったので、もう一度勉強して成績が上がりました。実は最初に東大に行けと言ってくれたのはその先生でした。
― 厳しさの中にも、指導力のある先生だったのですね。寮生活の事を教えてください。
裕道  寮生活は6年間親元を離れることになるので、正直辛い時もありましたが、中学では8人部屋だったので、コミュニケーション能力は上がったかもしれません。高校2年生位からになると2人部屋になるので、もっと仲良くなり仲間意識がとても濃いです。今でも同じ寮から東大に進学した友達とは週に一回位一緒にご飯に行ったり、勉強したりしています。寮のコンセプトは自主自立。基本自主勉強で、大きな教室のような部屋があり、そこにみんなで行って勉強していました。
 
東大を志すも一度は失敗・・・
       でも浪人は貴重な時間
― 東大を目指した理由を教えてください。
裕道  中学2年生の担任の先生に言われたのもありましたが、高校生の時に、将来の選択肢が広がるとともに、優秀な人とたくさん出会うことのできる東大は魅力的だなと感じたので、東大進学を決めました。また、「社会に貢献したいな、社会問題を解決したいな」って漠然とした考えがありました。先生に相談したところ「今の社会では上位大学の文系が求められているから、東大の文系を目指した方がいい」とアドバイスをもらって、文系を選択しました。東大は学部選択が後からできるのも魅力的でしたね。
― 実際に東大受験はどうでしたか?
裕道  実は、東大一本で受験しましたが、現役の時は共通テストで失敗しちゃいました。その年の共通テストは非常に難しかったんです。共通テストになってから2年目で、全体的に難化しており自分も引きずられてって感じで。それで一年浪人することになりました。
― 浪人時代の勉強と生活はどの様にされていたのですか?
裕道  予備校に入って勉強しました。あとは高校の時に使った教材等をずっと復習して。また、西大和の先生がとても協力的で、浪人中もオンラインで添削してくれました。浪人という経験は貴重で、家事や父の手伝いをして、親ともう一回一緒に生活できたというのは、ありがたい時間だったなと思います。また、浪人しても大丈夫かな、受かるかなと不安に思っていた時に、イチロー選手の名言「壁は越えられる人のところにしかやってこない。だから壁が来た時はチャンスだと思っている」を聞いて、逆境をチャンスに捉えるようなメッセージに感じられて、すごく励まされました。
   
グローバルな人材を目指して
― 一年間の浪人生活を経て東大に合格しましたね。入学してからの話を聞かせていただけますか?
裕道
 合格はめちゃくちゃ嬉しかったですね。実は、現役の時よりも多分受かるかなと思っていました(笑)実際に通い始めて、意外と高校に近いような感じがあります。一クラス35人で入学前にクラスで合宿があって、そこからクラスの関わりがとても強い。合宿は一つ上の代が企画して引率もします。今年の4月には引率者として合宿に参加してきました。
― 大学に入ってからも寮生活をされていますね。寮生活の事やサークル活動について教えていただけますか?
裕道
 寮は楽しいです。文系の人もいますが、理系の割合が高いですね。テレビ番組とかで、変わった東大生を紹介する番組はありますけど、本当にごく一部なのかな。結構面白い人が多いです。サークルはSIUという留学生とプレイできるサッカーのサークルと、ダンスのサークルに入っています。あと、今は行ってないんですけど村おこしをするサークルにも入っていて、勉強の面で地方の高校生を支援したりしています。
― ロボットカフェでアルバイトをしていると聞きましたが、ロボットカフェについて教えてください。
裕道
 ロボットカフェは、障害者の方がロボットというツールを使って働けるようにしたいと考えた方が立ち上げたお店です。日本より海外で有名らしく、お客様は海外の方で賑わっています。障害者の方がロボットを遠隔で操作して、僕らアルバイトはサポート役をしています。海外在住の方も遠隔で働いています。例えば、元々大会にも出ていたようなコーヒーのバリスタをやっていた方が、ALS(筋肉が動かない病気)になりバリスタをやめざるを得なくなってしまったのですが、もう一度そのロボットを使ってバリスタをやっているんですよ。ここでアルバイトをして世界がすごく広がり、五体満足の自分に感謝するようになりましたね。とても勉強になっています。
― 充実した大学生活を過ごされていますね。今後の目標を教えてください。
裕道
 まずは大学の勉強をしっかりと進めることが第一です。自分は経済学を用いて、日本だけでなく世界レベルで経済格差や環境問題といった様々な課題に取り組むグローバルな人材になりたいと思っています。来年度の選択科目については、経済学を専攻しようと考えています。秋には大学で留学の募集があり、応募するつもりです。特にドイツのケルン大学に興味があります。ドイツは留学生が多く国際色豊かなので、違和感なく馴染めると思います。英語で授業を受けられるのも魅力です。
 
いずみ幼稚園は人生の基盤です
― 山本さんにとっていずみ幼稚園とは ?
裕道
 いずみ幼稚園での一年間は、自分にとってはとても厳しいものではありましたが、その一年間で飛躍的に自らの能力が伸びたとともに、その後の人生における難しい局面においていずみ幼稚園での経験が自信となってきました。自分の今の人生の基盤となっているのがいずみ幼稚園で過ごした時間です。
― 後輩に送る言葉をお願いします。
裕道
 いずみ幼稚園での経験は、根拠のある自信として必ずその後の人生でお守りになってくれるので、難しい活動もあると思いますが楽しみながら頑張ってください!あとは皆さんの周りにいる友達や親御さん、先生は皆さんにとって今もこれから先も本当に大切な存在なので感謝してほしいと思います。謙虚さと感謝できる力を備えれば、優秀な皆さんは無敵だと思います!
 
今回、山本裕道さんにお話を伺い、幼稚園での一年間の経験の大切さを改めて感じました。
『人生の基盤となり自信になっている。』その言葉の通り、どんな困難に直面しても、それをチャンスと捉え、前向きに挑戦していく山本さんの自信に溢れた姿に驚きました。3階ホールのステージに一人佇み、年長時代にタイムスリップしたかの様に、暫くの間思い出に浸っていた山本さん。彼の姿が、これからも多くの後輩たちの励みになることでしょう。
貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました。
   
プロフィール: 東京大学 教養学部文科二類 2年生 平成22年東京いずみ幼稚園卒園
   
 
   
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